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スタッフブログ 2024.03.27
類人猿と心的時間旅行
いつもスタッフブログをお読みいただき、ありがとうございます。
以前より個人の趣味として脳科学関連の雑誌を読んでいます。先日、「心的時間旅行の系統発生」という興味深い論文を拝読しました。「心的時間旅行」とは、こころの中で過去の出来事を振り返ったり、未来を想像したりすること、だそうです。元来、ヒトに特有の能力であるという仮説が提示されてきましたが、著者である平田聡氏(京都大学野生動物研究センター教授)の研究によると類人猿では未来計画ができることが示唆されたそうです。従来の研究では、ヒト以外の動物も過去の出来事に関する記憶をある程度は持ち合わせていることが明らかとなっています。しかし、全て食べ物を強化子として行動を形成されている可能性があり、学習という側面を否定できませんでした。
著者は、食物強化によらないテストとして、類人猿のチンパンジー、ボノボを対象とした動画実験を試みています。実験の詳細は省略しますが、まず①被験体であるチンパンジーとボノボに研究用に作成した動画を見せ、アイトラッカーにて視線を計測する。②24時間後に、同じ動画を見せて、同様に視線を計測する。という実験を行っています。動画の内容は、「左右の窓どちらからかキングコングが出てきて人間からバナナを奪って逃げる」という内容。24時間後に映像を見せると、キングコングが出てくる窓だけを事前に見るという結果になったそうです。つまり、1度だけ見た出来事を1日にわたり記憶していたという事が証明されています。
次に未来の計画に関する研究も行われています。対象は同じく類人猿のボノボとオランウータン。最初に道具を使って食べ物を手に入れるという学習を実施。テスト室に適切な道具2種類と不適切な道具6種類を置く(但し、食べ物のある仕掛けには手が届かないようにしてある)。5分後、被験体は、別の待合室に移される。その間、実験者(人間)がテスト室に入り、部屋の掃除をして、道具を全て片付ける。1時間後に被験体は、再びテスト室に戻されるが、この際、食べ物が入った仕掛けに手が届くようになっている。この状況で適切に振る舞うには、①テスト室から待合室に移される際に適切な道具を持ち出して確保しておく必要がある。②1時間後に再度テスト室に入る際、その適切な道具を持ち込んで使用する。という行動が必要となります。実際、ボノボとオランウータンは、そのように振る舞ったそうです。この結果からボノボ、オランウータンは「未来に道具が使える状況になることに備えて、適切な道具を確保しておいた」という事が考えられました。類似の設定でチンパンジーを対象とした研究も行われていますが、同様の結果となっています。この実験からボノボ、オランウータン、チンパンジーなどの類人猿は、「未来計画」ができると考えられています。
ヒト以外の動物も過去の出来事を思い出したり、未来のことを計画したりする可能性が述べられていますが、「心的時間旅行」がヒト特有の能力であるといった従来の主張には未解明な点があると考えられるようになってきました。また、この論文では、著者が提示する類人猿以外の動物における研究(ここでは省略)からも、ヒトのみに突如備わった能力とは考えにくいと思われます。著者は、「心的時間旅行」を構成する下位要素が系統発生的に段階的に獲得されてきたと捉えており、今後、生物進化の過程において、どの要素がどの段階で獲得されてきたかを探ることを課題としています。ヒト以外の動物では、言葉を用いることができないため「内発的な意識を伴って取り出される記憶」をヒト以外の動物で証明することは困難と言われています。著者の研究では、類人猿にも未来計画性があることを示唆しており、今後の研究報告に注目しています。
参考文献:平田聡「心的時間旅行の系統発生」、『CLINICAL NEUROSCIENCE』、Vol41・No8、2023-8, p1071。
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